これからは「心の時代」であると言われ始めて、かなりのときが経った。しかし「物よりも心を大切にする」「お金では買えない思いやりを」と言いながら、結局は「心の時代」をキャッチ・コピーにしたビジネスが盛んになっただけで、決して私たちの心が豊かになったわけではなかった。
 自殺者の増加、幼児や高齢者を狙った凶悪事件、社会を利用するだけの企業犯罪など、戦争のない平和な日本、飢え死にする人間もいない豊かな日本で、このような悲惨な現状が繰り広げられている。
  怒りがこみ上げれば激情に任せたまま、目的意識もなく虚しければ虚しいまま、愛さえも自分の欲するままにしか表現できなくなってしまった現代人の作り
出す「心の時代」。”自分の心に正直に“なることを人間らしさの証しのように思ってきた戦後の日本人。しかし今、心というものの実態を把握せず、“心のままに生きていく”危うさを誰もが感じている。


 その人間の心の正体を見極め、心の正しい使い方を全生涯を賭けて研究し体系化し、心理学や精神分析という学問ではなく、現実に生きる人間の人生を真に健康と幸福に満ちて送れるように人々に教示した人物がいた。
 
その人の名は中村天風、明治九(1876)年生まれ、旧柳川藩出身の、本名・中村三郎は、この社会に現出したものはすべて、人間が心の中に想い描いたものが具現化したものであると断定する。人間の心が思わないにも拘わらず、巨大なビルが建設されるはずはない。物も文化も経済活動も、すべての社会現象は人間の想いが作り出しているという。

 イラク戦争勃発後、実際の原油生産量に変わりはないにも拘わらず、原油価格は高騰した。経済さえも、人々が戦争のために石油が供給されなくなるかもしれない、巨大なハリケーンのためにアメリカの石油産業に被害をもたらすかもしれないという思惑で左右される。

「良いも悪いも、心の想いが人生を創る」

 中村天風は、心の想いがどれほど重要であるかを説いた。そして、その心を強くする方法と、心の使い方を中村天風「心身統一法」として、世に残した。

                 


 ◇『人間の心で行う思考は、人生の一切を創る』

 天風先生は、心というものは人間の命の本質であると説いています。心の活動とは思考、つまり思ったり考えたりすることですが、この思ったり考えたりすることは、意識的に思ったり考えたりすることと、無意識に思ったり考えたりすることがあります。いわゆる、実在意識と潜在意識です。この両方の心の働きが積極的か消極的かで、人生に天地の差ができるというのです。
 しかし、世の人の多くは、この心の働きや力に対してあまりに知らなすぎ、無理解で無知であると、天風先生は指摘しています。

 最近よく、トラウマという言葉が使われます。衝撃的な出来事に遭い、恐怖や大きな悲しみなどで心の無意識の領域に深い傷が刻み込まれ、それがトラウマとなりPTSD(心的外傷後ストレス障害)を引き起こして生きることに障害を与えることがあることは、よく知られるようになってきました。心が傷つくと命の力も衰えてしまうということがよく分かります

 私たちは多かれ少なかれ、これまでの人生で、悲しみや恐怖、不安や嫌な思いなど、いろいろと心に負担をかけてきています。トラウマとまではなっていなくても、過去の心の無数の傷が癒されないまま放っておかれていることは、十分考えられます。
 客観的にみれば些細な事柄で夫婦喧嘩になるのも、上司の指示に内容を考えるよりも早く腹が立つのも、同僚のちょっとした言葉に必要以上に傷つくのも、相手とのこれまでの経緯がすべて心に刻まれ、無意識に観念を作り上げてしまっていて物事を白紙状態で受け取ることができなくなっているため、広げなくてもよい傷口を広げ、問題を今ある以上に大きくしてしまうのです。そしてそれがまた、新しい傷となって心を弱らせてしまうことになるのです。
 負担にならない人間関係の構築のむずかしさは、こんなところにもあります。


 ◇ 心の掃除

 心の傷は身体も蝕み、体の衰えはまた心を弱くします。外から刺激や衝撃などのストレスに絶え間なくさらされ、心の疲労が重なっている現代人の多くが、この悪循環に陥っていると言っても過言ではありません。

 この悪循環を断ち切るのための方法を、天風先生は“観念要素の更改法”として教えています。天風先生は、意識の底にあるさまざまな思考の素になる材料を、観念要素と呼んでいます。つまり無意識の中にある過去の一切の情報のことです。
 ここに、もう必要のない悲しみや恐怖、恨みや苦しみ、怒りや煩悶などの情報がいつまでも残っていると、いくら幸せになりたい、健康になりたい、成功したいと実在意識で思っていても、その傷ついた観念要素に邪魔されて目的が達成されないというわけです。


 「観念要素の更改法」とは、この心の倉庫に溜めてしまった、必要のない情報、あるとその人の人生に悪影響を与える情報のゴミを一掃するという方法です。
 その具体的方法は次回説明することにしますが、その前に理解しておかなければならない、大切なキイワードがあります。それは「積極」という言葉です。

◇『天風哲学の積極心というのは、恒に心の平安を確保することである』

 心に傷をつけゴミを溜めないようにするためには、「人間としてこの世に生まれた以上は、どんな場合があっても心の態度を積極的にする」ということです。
 天風先生の言う「積極精神」というのは、何物にも負けまいと頑張るという意味ではありません。常に自分の心を人生の明るい方面にだけ向ける努力をするということです。それも「たとえその事の結果が当然暗くなるであろうことが分かっている場合でも」、心は絶対に明るく保つことに努力することであると言うのです。

「こういうと、そりゃ無理だ、結果が暗くなるとはっきり分かっているときに、どうして明るく心を保てるかと、抗弁する人もあると思うが、畢竟、それが努力なのである。明るい事柄に対して心を明るくもつということは、何も特別の努力も修行も要しない、誰にでも出来ることである」と厳しく言われます。

 確かに何か大変なことが起きると、私たちはもう笑ってもいけないような気分になってしまいがちです。運命が悪くなると、まるで顔も態度も暗くしていなければいけないように意気消沈してしまいます。が、よく考えれば暗くしていなければならないという規則があるわけでも、暗い顔をしているメリットがあるわけでもありません。せいぜい人に同情されるくらいでしょうか。
 かつて「同情するなら、金をくれ!」という人気テレビドラマの台詞がありましたが、人間切羽詰まったとき、同情は何の解決にもなりません。

 しかし天風先生は、こうも続けます。「多くの人々は、少し難しいことだと、到底自分にはできないと早計に決定してしまう軽率さがありはしないだろうか。実際において、自己が為さぬために出来ずにいることがかなりたくさんあるのである」
 つまり、こういう努力は誰でもやる気にさえなればできるということなのです。

 何かあるのが人生です。何事もない人生などあり得ません。事があろうとなかろうと、「恒に心の平安を確保する」よう努力することが、本当の積極心であると天風先生は説いています。
 積極精神、すなわち心を強化する第一の心得は、心の態度を出来る限り「明るく」「朗らかに」「活き活きと勇ましく」保つことです。反対に、心配、恐怖、煩悶、怒り、恨み、悲嘆などの消極的感情に囚われないようにすることです。
 
 実在意識で心を積極に保とうと努力するとともに、過去の心の傷を掃除して行くことによって、心は強く健康になっていくのです。


 

天風先生曰く

 「人生の一切合切を始終プラスの状態にあらしめる。これが理想的な人生を貫くためにいちばん必要なことなんです。ちょうど家を建てるときの土台と同じようなものなんであります」

 「心に雑念とか妄念とか、あるいは感情的ないろいろの恐れとか、そういったものが一切無い状態、けっして張り合おうとか、対抗しようとか、打ち負かそうとか、負けまいといったようなそういう気持ちでない、それが絶対的な積極なんですよ」


「たとえ身に病があろうとも、心まで病ますな。たとえ運命が非なるとも、心まで悩ますな

「実在意識が感覚的に思ったことだけが思ったことで、感覚できない潜在意識の中で描かれた絵図どおりに現実に浮かびだしてきた場合には、ちっとも自分には責任がないと思っている。無意識の意識がその原因をなしているのを、知らないんだ」


                               次回へつづく


参考資料 :『真人生の探究』中村天風著・財団法人天風会刊行
     :『研心抄』中村天風著・財団法人天風会刊行
     :雑誌「天風」財団法人天風会発行
     :『成功の実現』中村天風述・日本経営合理化協会刊行


*天風先生が生前創設された財団法人に12年ほど勤務し、天風哲学を紹介するために出版・機関誌編集等の仕事に携わってきました。そこで学んだ素晴らしい哲学を一人でも多くの方々に紹介し、また自分自身も学び続けていきたいと思っています。

  (TheTradingPost編集人)

                                                         
*心を強くする、中村天風「心身統一法」の講習会は、財団法人天風会で行われています
*一般書店では扱っていない天風先生ご自身の著書は、財団法人天風会事務局で購入できます。
*財団法人天風会事務局 03−3943−1601

メール
 


 ホーム