すべて物には陰陽がありますが、鳴り物の中にも陽気なものと、陰気なものとありますようで、三味線は陽気、木魚は陰気、太鼓はにぎやか、鐘は騒々しい。それも用い方によっていろいろで、陽気なものが陰気にもなれば、陰気なものが陽気にもなります。

同じ木魚でも念仏堂へ行きまして、大勢でワァワァやっております時は陰気どころではございません。酔った方などは木魚につれて踊り出すことなどがあります。また三味線とても、用い方によっては、夜更けて爪弾き、おつな文句の端唄かなんか聞いてごろうじろ、思わずホロリと来て、あまり陽気なものじゃァございません。


鳴り物の中でも鐘というやつはずいぶんやかましいもので、どうも夜更けていくら一ツ鐘(ひとつばん)や二ツ鐘で火事は遠いといっても寝付かれません。

同じ鐘でも陰気ではありますが、やはり耳ざわりで寝られませんのが、夜更けてのお経の鉦(かね)というやつ、カンカンという音が耳へ響きますと、なんだかうるさいもので、

                    

八五郎 アー、うるさいなァ、せっかくいい心持ちに寝ようと思うと、毎晩々々カンカン鉦をたたきやァがって、ちくしょうめ、長屋の者がみんな寝られやァしねえ。ツイこのあいだ越して来やァがったんだが、どこかの浪人者らしい。これから夜中に鉦をたたかねえように、オレがひとつ掛け合ってやろう」

 と、起き上がって支度(したく)をして浪人者の家へやってまいりました。

八五郎 「ごめんねえ」

浪 人 「これはこれは、どなたでござるな」

八五郎 「わっちは長屋の八五郎ってえもんで」

浪 人 「ハハア、お長屋の八五郎殿でござるか、見苦しゅうはござるが、まずまずこれへ、お上がりくださいまし。 夜中にわかのお越し、なんぞご用でもござるかな」

八五郎 「チェッ、いやに落ち着いて気取ってやがる。 他じゃァねえが、毎晩々々おまえはんが、今頃になるとカンカンカンカン鉦をたたくんで、騒々しくって長屋中の者がみんな寝られねえんだ。どうかそいつを止めてもれェてえんで」

浪 人 「イヤこれはまことに面目次第もござらぬが、わずかのことであるから今しばしご辛抱を願いたい、この香合の中にある名香を焚き尽くすそのあいだ…」

八五郎 「なんだか知らねえが、たってやらなけりゃァならねえンなら、昼間やっておくんなせえ」

浪 人 「イヤごもっともでこざるが、白昼にてはその効なく、また仏のためにもあいならず、今も申し上げる通り、今しばらくのあいだご辛抱を願いたい」

八五郎 「なんだかわからねえが、一体そりゃァどういうわけなんで」

浪 人 「サア、お話し申すも涙の種。 なにをか包もう、それがしことは元因州鳥取藩の島田重三郎と申す者、仔細あって主家を浪々いたし、この江戸表へはるばるまかり越し、仕官を望むそのうちにふと朋友に誘われて、かの吉原三浦屋の高尾のもとに遊興いたし、一度が二度、二度が三度と馴染みを重ね、いかなる過世のえにしやら、互いに誠を明かし合い、末は夫婦と言い交わしてな…」

八五郎 「ウフッ、冗談じゃァねえぜ、黙って聞いてりゃァいい気になって、夜よなか真面目でおのろけは恐れ入るぜ。…で、それからどうしたってんだい?」

浪 人 「末の松山、末かけて、互いに心変わらじと、拙者よりは貞宗の短刀、そのせつ高尾より拙者へ渡せしものはこの名香、すなわち魂かえす反魂香(はんごんこう)、起請代わりとせしところ、その後、高尾は不憫にも拙者に操立つるため、仙台の太守綱宗公のお心に従わず、ついにお手討ちになり、はかなき最後をとげしゆえ、拙者も哀れに思い、毎夜回向(えこう)のその折に、この名香をひとつずつ火中に入れて焚く時は、高尾の姿が現われて、過ぎし昔を語り合う、お耳ざわりは右のわけ、この反魂香もあとわずかゆえ、なにとぞ今しばらくご容赦を…」

八五郎 「ヘエーそういうわけなんですかえ。そういうこととはちっとも知らなかった、そりゃァお気の毒さまだね。わっちもじつは恋女房に三年前に死なれてね、なにもこれが仲人があってもらったという仲じゃァねえんで、へへへへ、すまねえが一ツその香を焚いて見せておくんなせえ」

浪 人 「イヤなぐさみごとには焚かれません」

八五郎 「そんな意地の悪いことを言わねえで、わっちだけに見せておくんなせえな」

浪 人 「しからば一粒焚きましょう、決してご他言くださるな」

八五郎 「エエもう決してわっちは他へ行ってしゃべりゃァしません

かの浪人は香合の中より一粒取り出して仏壇へ向かい、ちょっと回向をして焚きますと、不思議にも煙の中へもうろうとして高尾の姿が現われました。

浪 人 「そちや女房の高尾じゃないか」

高 尾 「おまえは島田重三郎さん、取り交わせし反魂香、あまり焚いてくださんすな」

浪 人 「もう焚くまいとは思えども、いまひと目そちに逢いたさに南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」

 八公驚いた、

八五郎 「オカカの感心、オビビのびっくり、驚いたねえ、どうも。もっともだ道理だ、たくさん鉦をたたいてお逢いなせえ、わっちもこれからその薬を買って来て、三年前になくなった嬶ァに会いますから、ごめんねえ、さようなら」

八五郎は何を思ったか夢中になって薬屋へまいりましたが、夜中のこと、戸が閉まっております。そんなことにはかまわずドンドンドン、

八五郎 「オイ開けてくんねえ」

 ドンドンドン、

八五郎  「オイちょっと開けてくんねえ、開けねえとぶちこわすぞ」

 ドンドンドンドンドン、

八五郎 「大変だ大変だ大急ぎだ」

 ドンドンドン、

主 人 「オイオイ誰か店の者、お客様だ、開けてあげな。薬屋というのものは、どんな真夜中でも起きるもんだ、急病人でもできたんだろう、起きてあげな」

店の者は不承々々(ふしょうぶしょう)に起き上がって燈火(あかり)をつけ、くぐり戸をガラガラと開けるとたんに夢中になってたたいておりましたから、いきなり若い衆の頭をポカッ。

手 代 「イタッ、痛ェじゃァごさいませんか、これは私の頭で」

八五郎 「アッそうか、おまえの頭か、オレァまた戸にしちゃァ、いやに柔らけえと思った」

手 代 「ご冗談で、こんな柔らかい戸がありますか」

八五郎

「オレァまた戸が膿んでるのかと思った。マァごめんよ」

いきなり上がってお尻をまくってドッカと座り込んで、

八五郎 「薬をくんねえ」

手 代 「ヘエー、なんの薬で」

八五郎 「こうスーッと煙りの出るもんだい」

手 代

「なんです、煙が出るてえなァ」

八五郎 「そのなんだ、『おまえは島田重三郎さん、』てやつだ」

手 代 「ヘエー、なんですそれは」

八五郎 「『そちや女房の高尾じゃァないか、』とくるんでぇ」

手 代  「ヘエー、妙なお薬ですな、なんて名前です」

八五郎 「名前はそのなんでぇ、『その取り交わせし…』…なんだっけなァ…、…エエ取り交わせし…、…忘れた」

手 代 「アアあなた、お忘れなすったら、これにみんな薬の名前が書いてございますからご覧ください」

八五郎

「アアそうかい、エエとなんだ、実母散(じつぼさん)と、さん、なんてえのが付くんじゃァねえ。 この目の絵が書いてあって薬ッてえのは…」

手 代 「ヘエ、それは目薬で、」

八五郎 「そうかその次はなんだ、清風湯妙振出(せいふうとうみょうふりだ)し…、…そんなものじゃァねえ。 なんだいこの“相撲かおやく”てえのは、」

手 代 「イエそれは相撲膏薬でございます」

八五郎 「へぇ、おれはまた相撲とりの顔役でも売ってんのかと思った。エエ、伊勢の浅間の万金丹(まんきんたん)、越中富山の反魂丹(はんごんたん)…、…待てよ、反魂丹と…、『…エエ、取り交わせし反魂丹…』…アッそうだ、こいつこいつ、馬鹿にしてやがって、こンちくしょう…」

手 代 「おわかりになりましたか」

八五郎 「ナニおわかりになりましたかって、べらぼうめェ、あるくせにごまかしやァがって」

手 代 「ごまかしやァしません」

八五郎

「その反魂丹てえのをくんねえ」

手 代 「ヘエ、おいくらばかり差しあげます」

八五郎 「一貫ばかりくんねえ」

手 代 「ヘエかしこまりました」

主 人 「だいぶ急いでいらっしゃるようで、途中でお落としになるといけませんから、大きな袋へ入れておあげ申しな」

手 代 「ヘエかしこまりました…。…エエお待ちどおさまでございました」

八五郎 「オオどうもお世話さま、さようなら…。
…ありがてえありがてえ、マァ久しぶりで死んだ女房に逢えるんだ。 長屋の浪人がいいことを教えてくれたな、こんなことをちっとも知らなかった、ありがてえな。なにしろ、カカァが馬鹿に惚れていやァがったからな、死ぬ時にそういったよ、わたしゃなにも心残りはないが、おまえさんが私が死んだ後で若い、いいかみさんを持つかと思うと、それが心配で死にきれないよッ、てえなことを言いやがったッけ、ウフフフフ…」


 ワンワン、ワンワンワン、
      
八五郎 「シッ、畜生々々」

家へ帰って来まして、火鉢の中の炭団(たどん)を掘りくり出して、二ツ三ツ炭をつぎながら、

八五郎 「アッそうだっけ、そうだっけ。浪人者の家じゃァ、仏壇へあかりをつけていたっけ。一ツつけるかな」

 仏壇へ灯明(とうみょう)をつけて、

八五郎 「これでよしよし、エエ仏壇の前へこの火鉢を持って行くと、こいつァ火がおこらねえや、炭が湿ッてるとみえるな。火鉢のひきだしに扇子があったっけ」

 火鉢のひきだしから扇子を取り出して、

八五郎 「おっそろしく破けていやァがるな、マアねえよりましだ」

 バタバタバタ火をおこしながら、

八五郎 「ありがてえな、三年前に別れたカカァに今夜逢えるんだ。オレがこう、この薬を焚いたら煙の中ヘスーッと出て、どんなことを言うだろうな。嬉しそうにオレの顔見て、ニコニコ笑やァがるだろう。オレはそうなると気取るね…。
『…そちや女房、お梅じゃないか、』ッてなことをオレが言うね、そうするとむこうでも、
『おまえはやもめの八五郎さん』と来らァ、ありがてえな、へへっ。それが今晩出てきやがんだね。

『お前さん! 久しぶりに逢ったんだから、もう今晩、寝かさないよ!』
『おいおい、寝かさないったって、おめえ、おれぁ、明日仕事があるじゃねぇか、眠くてしょうがねぇ。』
『寝ちゃやだよ、眠るならつねるよ、つねるなってんなら、くすぐるよ、こちょこちょこちょ。』 
へへっ、おれぁ、くすぐられるのに弱いからなァ...ウフッ…、…だいぶ火がおこってきたな、なにしろ一ツ焚いてみよう」

火の中へあの買ってまいりました薬をほうり込んで扇子でせッせとあおぐが、煙ばかりでなにも出るわけはありません。
八五郎 「オヤッ、こいつァ変だぞ、初めてだから少しじゃァ利かねえかな。ああ、そうか、三年ぶりだからってんで、決まり悪がってんだな。おぅ、決まり悪がるこたぁねぇじゃねぇか。亭主の所ン出てくるんだからよ。さ、決まり悪がらずに、出てらっしゃい、ホラホラホラ...。...ははぁ、こりゃ薬の量が足りなかったか...奮発して半分ばかりぶち込め、第一、鉦をたたかねえからいけねえんだ」

半分ばかり火中へ入れ、仏壇から鉦を取り出して一生懸命カンカンカンカンたたきますが、やっぱり煙ばかりで何にも出ません。

八五郎 「エエじれってえ、面倒くせえからみんな入れちまえ、ついでに袋までくべろ」

袋ごとほうり込んでバタバタあおぎましたので家じゅう煙が一杯、けむいことおびただしい

八五郎

「ゴホンゴホン、アア苦しい、たまらねえ、ゴホンゴホンゴホン、こうけむくっちゃァ出て来たってわかりゃァしねえ、ゴホンゴホン」

とたんに表の戸をトントントン。

「八さん、八さん」

八五郎 「オヤおいでなすったよ、ウフッ、煙の中から出ねえで表から来やがった、ウフッ気取ってやがらァ」

立ち上がって表の戸をガラリ、

八五郎 「そちや女房お梅じゃないか、…オヤ誰もいねえじゃァねえか」

また裏口でトントン。

 「八さん、八さん」

八五郎 「あんちくしょう、表じゃァ目に立つってえんで今度は裏口へまわったな」

裏の戸をガラリと開けて、

八五郎  「そちや女房お梅じゃァないか」

「イエ、わたしゃ隣のお竹だがね、さっきからきな臭いのはおまえの家じゃァないのかい!」

          編集参考テキスト:
『落語全集』今村信雄編/金園社昭和29年発行

                     

八五郎、死なれた女房に会おうと見当違いの奮闘振り。でも3年たってもまだ恋女房が忘れられないなんて、いいとこありますね。それなのに、煙に巻かれただけで終りとはお気の毒。粗忽ぶりを笑いながらもほのぼのさせられる話です。


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第二回 三方一両損



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