「江戸っ子は五月の鯉の吹流し、口先ばかりで腸はなし」と言われますように、落語に出てくる江戸っ子は腹に何もない、真っ正直だけが取り得の貧乏人ばかりでございます。「江戸っ子は宵越しの銭はもたねえ」などと言って、持ちたくても持てないのが現状ではありましても、金銭に執着しないのが自慢なくらいでございます。


金太郎 「オヤッ、こんなところに財布が落ちてらあ。中に三両もへえっているぜ、それに印形に書付が・・・なんだ、神田竪大工町大工熊五郎、こいつが落としやがったんだな。間抜けな野郎じゃねえか。まあ、とにかく届けてやろう。・・・・・・
・・・ああ、ここだ、ここだ。腰障子に熊とあらあ。
いやに煙ってえじゃねえか。何してるんだ? 障子に穴あけてのぞいてみるか・・・ああ、あれが熊五郎って野郎だな。一杯やってるな、鰯の塩焼きで飲んでやがら。飲むんならもっとさっぱりしたもんで飲めッ」


熊五郎 「だれだ? ひとの家の障子を破きやがって、家の中のぞいてんなァ。用があんならこっちへ入れッ」
金太郎 「あたりめえよ。用がなけりゃあこんな汚え長屋へ入って来るかい。じゃあ開けるぜ」
熊五郎 「乱暴な野郎が来やがった・・・・なんだ、てめえは?」
金太郎 「おれは、白壁町の金太郎てもんだ」
熊五郎 「金太郎にしちゃ赤くねえな」
金太郎 「まだ茹でねえ」
熊五郎 「生でもって来やがったな。なにか用かい」
金太郎 「おめえ、きょう、柳原で財布を落っことしたろう?」
熊五郎 「おいおい、しっかりしろよ。柳原で落っことしたことが分かってりゃあ、すぐに自分で拾うじゃねえか、どこで落としたか分かるけえ」
金太郎 「確かにてめえのにちげえねえ・・・・・おれが拾ったんだ。さあ、中を改めて受け取れ」
熊五郎 「冗談言うない、べらぼうめ。お節介な真似をするじゃあねえか。・・・・なるほど、こいつあ俺の財布だ」
金太郎 「間違いねえな」
熊五郎 「ねえ」
金太郎 「じゃあ、おめえに返すぜ。あばよ」
熊五郎 「おい、待ちな、金太郎」
金太郎 「心やすく呼ぶねえ、・・・・・なんだ?」
熊五郎 「印形と書付は大事なものだからもらっとくが、銭はいったん俺の懐から出たもんだ、もう俺のものじゃねえから、返すぜ」
金太郎 「わからねえ野郎だな。俺は銭なんかもらいに来たんじゃねえぞ、その財布を届けに来ただけだ」
熊五郎 「だから、印形と書付はありがたく受けとっておくが、銭は俺のものじゃあねえから、持ってけってえんだ」
金太郎 「ふざけるねえ、てめえの銭と知れてるものを、俺が持っていけるけえ」
熊五郎 「どうしても持っていかねえのか?ひとが静かに言ってるうちに持ってかねえと、どうなるか、この野郎」
金太郎 「この野郎? おらあ、てめえなんぞに脅かされて驚くような、どんなドジじゃねえやい」
熊五郎 「何だと? この野郎、まごまごしやがると、ひっぱたくぞ」
金太郎 「おもしれえ、財布を届けてやってひっぱたかれてたまるもんか。殴れるもんなら殴ってみろ」
熊五郎 「よし、おあつれえなら殴ってやらあ」
金太郎 「・・・・あっ、痛え、やりゃあがったな、こん畜生」
熊五郎 「やったが、どうした?」
金太郎 「こうしてやらあ」
熊五郎 「何をしやがる」
金太郎 「なにを、この野郎っ」

ふたりで、取っ組み合いの喧嘩になったから、驚いたのは隣の家で・・・・・。

隣の男 「大家さん、大家さん、熊んところでまた喧嘩が始まった。壁へドシン、ドシンぶつかって暴れるんで壁がぬけそうだ。早くとめてやってくんねえ」
家 主 「しょうがねえなあ、またかい。ああ喧嘩の好きなやつもねえもんだ。のべつだねえ・・・・まったく。・・・・あっ、やってる、やってる。相手の若いのも威勢がいいや。あ、鰯を踏みつぶしやがった。もったいねえじゃねえか、まだろくに箸もつけてねえのに・・・・・」
隣の男 「大家さん、鰯なんかどうでもいいから、早くとめなくちゃあ」
家 主 「やい、熊公っ、いいかげんにしろよ。おめえはかまわねえが隣近所が迷惑するよ。壁がぬけるってんで隣じゃ手でおさえて、仕事ができねえじゃないか。・・・・またおまえさんもおまえさんだ。どこの人か知らねえけど、おれの長屋へ来て、むやみに喧嘩しちゃあ困る」
金太郎 「なんだと? 俺だってなにも好きこのんでこの長屋へきて喧嘩しているわけじゃねえやい。こいつが落っことした財布を届けてやったら、この野郎がいきなりひっぱたいたから、こういうことになったんじゃねえか」
家主 「そうだったのかい、そりゃどうもすまなかった。・・・やい、熊公、てめえはなんでそんなことをするんだい、この人が親切に届けてくれたのに・・・」
熊五郎 「いったんおれの懐から出た銭だ、そんな銭を受け取れるかい」
家 主 「そりゃあ、おめえの了見じゃ受け取れねえだろうけれど、この人がわざわざ届けに来てくれたんだから、一応受け取っておいて、後日、手土産のひとつも持って礼に行くのが道じゃねえか。それを殴ったりしやがって・・・・。この人にあやまれ」
熊五郎 「よけいな世話ァ焼くねえ、くそったれ大家」
家 主 「なんだと?」
熊五郎 「やい、大家から小言をくらって、へえそうですかと、指をくわえて引っ込んでいるような、俺じゃあねえんだ。いいか、自慢じゃねえが、晦日に持ってく店賃は、いつだって28日にきちんときちんと届けてらあ。それほどおれはおめえに義理を立ててるのに、てめえはなんだい、盆が来たって正月が来たって、鼻っ紙一枚くれたことがあるか。てめえなんぞにぐずぐず言われるこたあねえ」
家 主 「たいへんなことを言いやがったね、こいつは。・・・・ねえ、そこの方、こういう乱暴な男ですよ。こういうやつはくせになるから、南町奉行大岡越前さまへ訴え出て、お白州の上であやまらせるから、今日のところは腹も立とうが、わしの顔を立てて、ひとまず帰ってくださいな」
金太郎 「そうと話がきまりゃあ帰るけど、やい、熊公、おぼえてろッ」
熊五郎 「ああ、忘れるもんか。おれは28で耄碌しちゃいねえんだ。てめえのつまんねえ面ァ忘れるわけがねえ。くやしかったらいつでも仕返ししろい。矢でも鉄砲でも持ってこいッ」
金太郎 「てめえなんぞ、矢だの鉄砲だのいるもんか。このげんこつでたくさんだ」
熊五郎 「なにをッ」
家 主 「またはじまった」

 南町奉行所に訴えが出て、やがて差し紙がついてお呼び出しということになりまして、当日。両人ともに家主が付き添って、ずらりお白州に並びました。
 正面をみますと、紗綾形の襖、右手に公用人、左手に目安方、縁の下にには同心衆が控えております。

公用人 「シーッ、シーッ・・・・・」
熊五郎 「だれか白州で赤ん坊に小便さしてるよ、ねえ、大家さん」
家 主 「今、お奉行の大岡越前守さまがこれへお出ましになるんだ、頭を下げろ、頭を・・・・」
金太郎 「頭を下げんのかい? だから、こんなところへ来るのはいやだったんだ」
役 人 神田竪大工町大工熊五郎、同じく白壁町左官金太郎、付添い人一同、控えおるか」
家 主 「へえ、一同、揃いましてございます」
役 人 「大工熊五郎、おもてを上げい」
熊五郎 「へえ、表はいま閉めたばかりですがね」
家 主 「おい、顔を上げろてんだい」
熊五郎 「おどかすなよ、こん畜生。同心だからってそんなにいばるねえ。こっちは盗み泥棒なんぞしてこんなところへ入って来てるわけじゃねえんだ。落っことした銭を受けとらねえてんだよ、このしみったれ野郎」
家 主 「おい、熊、なにをお役人に毒づいてんだ?」
熊五郎 「家主さん、しみったれじゃあねえか。同心てえのは、侍のくせに羽織の裾をはしょってやがる」
家 主 「よけいなことを言うな。黙って頭を下げてりゃあいいんだ」
熊五郎 「いま上げろって言ったじゃあねえか。なんでえ、上げたり、下げたり・・・・面倒だ、こんなもんでいいかい?」
越前守 「こりゃこりゃ、神田竪大工町大工熊五郎とはそのほうか。そのほうは去る日、柳原において金子三両、印形、書付を取り落とし、これなる白壁町左官金太郎なるものが拾いとり、そのほう宅へ届け遣わしたるところ、金子は受け取らず、乱暴にも金太郎を打ち打擲(ちょうちゃく)に及んだという願書の趣であるが、それに相違ないか」
熊五郎 「へえ、どうもすいませんね。わざと落としたわけでもなんでもねえ。つい粗相で落としてしまったんで、勘弁しておくんなせえ。
なーに、落っことしたことくらいはわかってますがね、そこは江戸っ子ですからねえ、後ろを振り返ったり、拾ったりすりゃあ、傍で見ていてみっともねえことをしやぁがると、こう思われやしねえかと思うから、こんなめでてえことはない、久しぶりでさっぱりしていい心地だと、家へ帰って鰯の塩焼きで一杯やっていると、いきなりこの野郎がやって来やがって、お節介にも、

『これは、てめえの財布だろう? おれが拾ったんだ。さあ、中を改めて受け取れ』
ってぬかしやがるんで、
『印形と書付はもらっとくが、銭はいったん俺の懐から出たもんだから、俺のもんじゃあねえ。俺のもんじゃあねえから、銭は持ってけ』
てえ言ったんですが、こいつがどうしても持っていかねえんで・・・・だから、
『もってかねえとためにならねえぞ』
と、こいつのためを思って親切に言ってやりますとね、こいつはひとの親切を無にしやぁがって、どうしても持ってかねえと強情を張るもんですから、
『この野郎、まごまごしやがると、ひっぱたくぞ』
って言うと、
『殴れるもんなら殴ってみろ』
と言いますから、当人がそういうものを、また殴らねえでもものに角が立つだろうと思って、ポカリッ・・・と」
越前守 「さようか、おもしろいことを申すやつじゃ。・・・・さて、左官金太郎、そのほう、なにゆえそのみぎり、金子、熊五郎より申し受けぬのじゃ」
金太郎 「おいおい、お奉行さん、見そこなっちゃいけねえぜ。ふざけちゃいけねえ」
越前守 「これこれ、天下の裁断にふざけるということがあるか」
金太郎 「真剣かい。真剣ならあっしのほうからも、伺おうじゃねえか。
そうじゃねえか、拾った財布の中に書付があったから、当人のところへわざわざ届けてやったんだ。もし、書付がなくって届け場に困ったとしても、自身番に持っていけとか、どこそこへ届けろとか教えるのが、お役人の稼業だろう? 
金はたったの三両だ。そんな金を猫ババするような、そんなさもしい了見をこっちとら持っちゃいねえよ。

そういう了見なら、あっしはいま時分、棟梁になってるよ。どうかして棟梁になりたくねえ、人間は金を残すような目にあいたくねえ。どうか出世するような災難にあいたくねえと思えばこそ、毎朝、金比羅様へお灯明あげて・・・・それを、いくらお奉行さまでも、その金をなぜ受け取らぬとは、あんまりじゃねえか」
越前守 「しからば両人とも金子は受け取らぬと申すのじゃな。・・・・なれば、この三両は、越前が預かりおくが、よいか?」
熊五郎 「ええ、そうしてくださりゃあ、そいつがあったひにゃ、喧嘩が絶えねえから」
金太郎 「どうかすまねえが、預かっておくんなさい。たのむよ、大将」
越前守 「ついては、そのほうどもの正直にめで、両人にあらためて二両ずつ、褒美をつかわすが、この儀は受け取れるか?」
家 主 「恐れながら、家主より当人に成り代って御礼を申し上げます。町内よりかような者の出ましたことは、誉れでございます。ありがたく頂戴をいたします」
越前守 「両人に褒美をつかわせ。・・・・双方とも受けてくれたか。
このたびの調べ、三方一両損と申す。わからなければ越前守が申し聞かせる。

これ、熊五郎、そのほう金太郎の届けし折、受け取り置かば三両そのままになる。金太郎もその折もらい置かば三両ある。越前守も預かり置かば三両、しかるに越前守これに一両を出し、双方に二両ずつつかわす。いずれも一両ずつの損と相成る。
これすなわち三方一両損と申すのじゃ、あいわかったか」
一 同 「恐れ入りましたるお取り計らい、ありがたいしあわせに存じます」
越前守 「あいわからば一同立て。・・・・・ああ、待て待て、大分調べに時を経たようじゃ。定めし両人空腹に相成ったであろう。ただいま両人に食事をとらす。・・・・これこれ、これらの者に膳部の用意をいたしてつかわせ」
金太郎 「えっ、ここで、ご馳走になるんですかい?すまないねえ、手ぶらでやってきて、こんな散財さしちゃあ・・・・、お奉行さま、無理しなくったねいいのに。
・・・・あれ、てえへんなご馳走だ。ええ、熊五郎、見ろい。てめえなんざこの間、鰯の塩焼きで一杯やってたろう。お奉行さまのはそんなもんじゃねえぜ、鯛だ、鯛だって本場もんだぜ。たまにはこういう鯛で酒を飲めよ。
・・・・もっとも、おれもこんな鯛にゃあ滅多にお目にかかれねえが。・・・・まあ、見てたってしょうがねえや、遠慮なくいただこうじゃねえか」
熊五郎 「うーん、こりゃあうめえ。おめえも食ってるか? なあ、これから腹がへったら、二人でちょいちょい喧嘩をして、ここへこようじゃねえか」
越前守 「こりゃこりゃ、両人いかに空腹だとて、腹も身のうちじゃ、あまり食すなよ」
両 人 「えへへ、多かあ(大岡)食わねえ、たった一膳(越前)


 火事と喧嘩は江戸の華といいますが、喧嘩といっても他愛がないものです。互いにやせ我慢の意地の張り合いというだけで、ご馳走にありついたとたんに、腹がへったら二人でちょいちょい喧嘩してまた食べにこようじゃないかと意気投合してしまうのですから。
 しかし、「人間は金を残すような目にあいたくない、出世するような災難にあいたくない」という江戸っ子のやせ我慢は、現代の出世頭ともてはやされたホリエモンや、お金儲けは悪いことですかと開き直る村上ファンドの代表などを見ていると、負け惜しみとばかりは言えない人間心理を突いているようにも思えます。


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