平成18年6月1日





幸せってナンダッケ?



カメラマンになりたいという大きな夢をもって、若者は道なき道を進み、厳しい気候に身を固くし、やっとの思いで荒野の果てのその地に辿り着いた。そこで村人は、この日本という未知の国からきた若者を、すでに自分の家族のように心を開いて、親切に温かく面倒を見てくれた。

環境の変化から若者が体調を崩し寝込んでしまったときには、宿を貸してくれた家のおばあさんが、心配して一晩中体をさすってくれ、ヤギのミルクを搾って飲ませてくれた。まるで日本の昔話に出てくるおばあさんのような優しさだった。

そのドキュメンタリー番組は、日本の若者が自分の夢に向かって厳しい体験をする内容だった。
そして若者は、「今まで自分は本当に恵まれていたということに気がついた」と、感想をもらした。

直接生身を襲う寒さも、足の裏のでこぼこした土の感触も、空というのは目が痛くなるほど青いのだということも経験したことのなかった自分を、「今まで本当に恵まれていた」と、この若者は荒野の地で思ったのである。

人間にとって厳しい土地に生まれ、その自然に即して工夫し知恵を使い、互いに助け合いながら笑顔で暮らす人々が私たちに教えてくれることは、「幸せに暮らす」ということの本質である。

しかし、文明の利器に守られ、文明の利器に行きたいところに簡単に運んでもらい、文明の利器に娯楽を与えられ、文明の利器に体調を整えてもらうという生活には、「楽である」という受身の価値観しかない。

生きるという行為は、自分の生身を使い、自分の頭で必死に考えて、自分の生命を全うすることに他ならない。
今の私たちは、そういう「生きている」という実感を味わう機会を、大きく失ってしまった。その虚しさから、今の日本人の心はこんなにも荒んでしまったのだ。
 
一体、恵まれているのはどちらなのか。それに気がつかないのは、この若者だけではない。
いや、長い人生を生きてきた人間こそが、今こそ率先して人間らしい生き方を切り拓いていかなければならないときである。

編集人 藤野正美

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